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2012年1月24日 (火)

風邪の日

周りで、インフルエンザが流行りだしました。

我が家では、例のIDDMのお兄ちゃんが
「風邪」で寝込んでいます。

高熱と倦怠感。食欲不振。・・・インフルエンザじゃ?と、慌てて病院に行かせましたが、陰性だって、と帰ってきました。「ただの風邪だって」・・・それにしては、高熱が下がらないし、何より先週末インフルエンザ感染者の集まりのような(笑。週明けて、発覚したことですが)部活に参加してた彼。もう、一日寝ています。ご飯だけはかろうじて、でも気持ちくらいですが、食べてくれるんですが(薬飲むため)、風邪・・・?まあ、彼には持病があるし、元々食事の量も少なくて、免疫力がねーんだよって言われると確かにその通りなんですが。

布団に丸まって寝ている彼を見ていると、子どもたちが幼いころ、病気のたびにハラハラしたことなんかを少し思い出したりしています。私は車を運転しないので、パパさんに時間休を取ってもらって病院まで送ってもらったり、それができないときは、子どもに完全防備をさせて自転車の後ろに乗せて連れて行ったり、いろいろがんばったっけな、なんて。

今子育てが大変で、前が見えない人もいるでしょうけど、私も思ってました。あんな日が、ずっと続くと思ってた。子どもが好きで楽しくて子育てを乗り切っていける!ともし思っていたとしても、子どもが病気になったりした時に、病院に連れて行ったり、看病したり、そんなことが楽しいとはとても思えないから。

でも、そういう日とは少しずつ距離が置かれていくんですよね。それが、時間なんだな。過ぎていく時間、積み重なる時間、今とは違う時間・・・。

なかなか熱が下がらない彼を見ていると、ああ、いつまで・・・。早く元気にならないかな、と経験を重ねた今でも思ってしまうところが、親って悲しい生き物だな。と、思います。

仕事先の子どもたちの中でも、インフルエンザや感染性胃腸炎なんかが流行ったりしています。子どももかわいそうだけど、仕事をしている親御さんも大変だろうな。「急にお休みを取る」って、人に迷惑をかけることだもんね。
でも、でもね、子どもにとってはたった一人のお母さんであり、お父さんなんだから、病気の時は側にいてあげてほしいと思います。それを許せる社会であってほしい。
今は、子育てを他人が肩代わりする世の中で(私の仕事がまさにそうですが)、病気の乳幼児でさえ、仕事を休めないから誰か他の人に看病を頼んでしまう福祉もあるでしょう?
「福祉」って結局、大人のためだな~と心から思います。社会のため? 親にとってはありがたいサービスなんでしょうけど、子どもたち一人一人にとっては、なんの有り難味もない「寂しい」サービスですよ。それがわからない社会は、きっと「寂しい」社会でしかないと思います。

子どもの中には、学校で発熱して担任の先生が「家に連絡して迎えに来てもらおうね」と言った時、「家じゃなくて学童に帰りたい」と言った子がいたそうです。いいの?本当にそれでいいの?そんな親でいいの?
そう思いませんか?

いつも自分の仕事が本当に正しいのか、って考えます。社会全体で子どもを育てていくって、なんだろう。「親」の代わりってなんだろう。「親」ってなんだろう。「親」であることを許容できないまま社会が成り立っていくなら、「家庭」はもう形を成さないんじゃないだろうか。「健全な育成」ってなに?

大人だから「仕事をしろ」と、女だけど自立しろ、と、ずっと言われ続けていますが、「家庭」を守る役割の人が、自立していないと、どうして言えるのか?「金」?お金で自立することこそが「大人」だなんて、社会人だなんて、そんな単純で、それこそ寂しい社会はないと思う。

でも、こうして「専業主婦の何が悪いんじゃ!」って言うと、世の中のそちらの筋の人が目の色変えて「それが、甘えてるっていうんじゃー」って言うんですよね、うんうん。
家庭にはいろいろ形があって、それこそ、両親仕事しないとやっていけない我が家のような家もあるし、おうちで商売してるなら、家族としてお手伝いするのは当たり前だと思うし、「仕事が大好き」な人もいるでしょう。でも、それでも、「子ども」が病気な時くらい「親」の側にいられるような、そんな社会であってほしいと思います。
子どもに優しくできないで、誰に優しくするんだよ・・・。

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