家庭教師
昨日は、末っ子の家庭教師の先生との面接でした。「ああ、とうとう家庭教師にお願いすることになってしまったのね・・・」と思われるここのお客様も多いかと思いますが(笑)
勉強しない。塾にも行かない。何もしたくない。言っても「みんなそうだしっ!」「普通にしていたいだけ」
普通って、何?中学3年生で進学を希望しているなら、勉強するのが普通じゃないの?と、大人は思う。本人も感じてはいる。でも、なんとなく取りかかれないままだから、イライラする・・・。そんな毎日で。広報の仕事で学校に行った時に、偶然、担任の先生とお会いして、そういう話をしたら、そういう子が多いと言っていらっしゃいました。でも、もう10月なんだよね。わからないならわからないなりに、取り組むべきこともあるのさ。「今しなければいけないこと」を出来ないまま、大人になんて、なって欲しくない。目の前のことから逃げてるようじゃ、大人になんてなれないんだよ・・・。でも、きっと子どもたちは「おとなになんかならなくていい」と、思ってるのかもしれないとさえ思う。
「おとなになりたくない」
つまらなく 繰り返されるけど
すべてが手に入る今があって
大人にならなければいけない理由を
誰か 教えて
コンビニでも レンタルでも
欲しいものは並べてあるし 愛もある
寂しさを癒す方法も 知っている
「個性を重んじて」甘やかしてくれる
ぜえぜえ言いながらおとなが用意してくれる この天国に
僕らは浸っていたいと思うだろう
ほら 誰か
子どものままじゃいけない理由を教えて
年齢で区切られても実感じゃないし
ましてや ぼくらがなりたいと思えるようなヒトが
そこに どれだけいるんだろう
「イチロー」には なってみたいけど
おとなには なりたくない
いろんなものに縛られて 身動きするのも
苦しそうな あんなものになりたくない
ぼくらは まちがっているのかな
ぼくらが まちがっているのかな
2003年2月 (644号) おとなに なりたくない
ずいぶん前に、書いた詩です。今は「イチロー」にさえ、なりたいと思える子がどれだけいるだろう。で、家庭教師ですが(笑)長女の高校時代の先輩で、「中学の先生」になるのが夢と言う青年にお願いすることになりました。末っ子の前で、彼の全てを否定しないで「まだ勉強しなきゃいけない気分にはなりきれないはずだから」「お母さんが言い過ぎるからしたくなくなるんですよ」と言ってくれたので、あまり乗り気でなかったはずの末っ子でしたが、いい表情で新しい先生の話を聞いていました。末っ子にとって、いい出会いになって欲しいと心から思います。親が望むのは、彼が人と人の間で笑ったり、泣いたりしながらいろんな経験をして、成長してくれることだけだから。「受験」の結果は、その過程でしかないんだけどな。
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